thを発音するメカニズムは、おそらく現象的には音声学でとっくに解明し尽くされているはずだ。なのに、日本人はなぜこれをうまく発音できないのだろうか?
その理由は、現象として発音を記述することと、実際に発音することとはまるっきり別物だからだ。自分自身がどんな意識で唇や舌を動かすか、という主観的な面からの踏み込みがなければ、せっかく解明されているはずの発音メカニズムも正しく作動してくれない。本物のガンダムも取説も持ってるけど操縦はど素人、みたいな感じかな。
要するに、発音にはコツというものがあるのだ。それを学問的観点ではなく実際に発音する人間の視点から補ってやらないと、いつまでたっても間違いは直らないのである。
では、thの発音のコツはどこにあるのだろうか。というか、僕たち日本人はこれまでどこを勘違いしていたのだろうか?
僕たちがthをはっきり発音しようとするとき、たぶん一番意識するのは「舌先と歯の間に息を通す」ことではないだろうか。音声学的にはこの記述に何の問題もないはずだし、みんなそのとおりやってきたと思う。
しかし、実はそこに大きな間違いが潜んでいたのだ。
「舌先と歯の間に息が通る」というのは、thを発音する際に最終的に見られる現象ではあるが、いきなりこの現象を再現しようとするから無理が生じるのだ。
「舌先と歯の間に息が通る」というのはあくまで結果であって、実際にちゃんと発音している人が頭の中でそう意識しているとは限らない。むしろ、まったく違うことを意識しているかもしれないのである。そこまで踏み込んで考えないと、ほんものには到達しない。形ばかり似せても魂が入らないのだ。
同様のことを発声でも指摘したが、覚えておいでだろうか。英米人がのどを響かせているように聞こえるからといって、短絡的に真似してのどを鳴らそうとする人がいるようだが、これは誤りだ。これではかえってのどが力んでしまい、「のど声」という悪い結果を招く。むしろのどは脱力し、意識としては上あごより上に響かせるように考えたほうが正しい結果が出るのだ。
これは一見不条理に思えるが、人間の体をコントロールする上でそうした不条理はつきものだ。ちょっと体のツボに似ていなくもない。足のツボを刺激すると内臓が刺激されるように、声帯とはまったくかけ離れた場所を意識することで、不思議と声帯が整ってうまく響くのである。声帯のツボは、だいたい鼻ぐらいの高さにある(僕が以前「第二の声帯」と呼んだのは、まさにこの声帯のツボのことなのだ)。
それとまったく同じで、thをうまく発音するためのツボは、もしかして舌先や歯とはまったく違う場所にあるのではないか、などと考えてみるのが、実はとっても大切なのだ。音が直接出る場所にこだわりすぎて、結局間違いを修正できずに終わってしまう、というのが英語発音でよく見られる失敗のパターンだからだ。
ま、いろいろやってみた結果、僕の感触ではthのツボはそれほど舌先や歯からかけ離れてはいないようだ。しかし、ある意識転換をしてみるとかなり効果がある、ということはわかった。それは、上下の歯の間に舌先を薄くサンドイッチしてそのすき間から息を通す、という従来の水平的なイメージを、いったん水に流すことである。
そして代わりに、上下の歯に挟まれる舌先をソーセージか角棒のような形にし、その左右に空間を作って息を通す、と考えるのである。つまり、舌は水平にだらんと広げるのではなく、垂直に厚みを作って前歯をやや上下に押し広げるようにする。
こうして舌先の左右をきゅっと絞った感じにしたまま、舌の左右を息が通り抜ける感覚を味わってみてほしい。そして、以前のように舌先をだらんと水平に広げたまま舌の上下に息を通す方法と比較してみよう。this, that, these, those, thanksなどの単語を両方のやり方で発音して比べてみてほしい。どうだろう、新しいやり方のほうがずっと英語らしく聞こえるのではないだろうか?
(thの音声サンプル掲載 May 4, 2014)
両者を比べてやってみると、口角の位置や、舌の根元の感触もずいぶん変わることがおわかりだろう。舌先を水平に広げたり垂直に伸ばしたり、というちょっとした意識の差が、こんなにも体の別の部位に影響を及ぼすのである。
この新しいthの感触をぜひくり返し味わっておいてほしい。これは他の子音の発音にも、そしてひいては母音の発音にもブレークスルーをもたらす大事なポイントだからだ。
なお、このブログで公開しているメソッドは僕が苦心してたどりついた知的財産なので、無断借用はしないようにお願いしたい(もちろん個人で発音改善などに利用される分には大いに歓迎するが)。以前僕が別のブログで音読について綴ったことを黙って本に盗用した人がいて、遺憾に思ったのでひと言。
英語音読 |