英語の子音の中でも、rの発音ほどひどく誤解されているものは、他にないのではないだろうか。日本人がrの発音を苦手とする理由も、たぶんそこにある。
誤解されているのは、「舌の形」だ。一般的には、ゼンマイを巻き込むように、あるいはスキー板の先端のように、舌の先をぐっと上に反らせ、そこに息を当てながら発音する、といった指導が多い。ところが実は、これはどうしようもないほど間違ったやり方なのだ。
なぜかというと、そうやってrを発音した場合は、後に続く母音が必ずと言っていいほどカナ縛り発声になってしまうからだ。
試しに、舌の先をスキー板の先端みたいに反らせてrを発音してからaの長母音を続けてみると、どうなるだろうか。
舌の先は緊張が解けてまっすぐに伸び、その上を転がるように母音が続いて、口の正面真ん中を出て行くことになる。日本語のラとかなり似た音だ。舌の先端が口蓋に触れない点と、発音し始めの舌先の位置がラよりも口の奥にある点が違っているが、そのあとの母音の出方はラと変わらない。だからほとんどの学習者は、ラとraの母音の違いに気づくことなく、発音フォームを固めてしまう。子音部分だけはなんとなくそれらしい音が出るので、そこで満足してしまうのである。
舌先を手前に丸めるようにしながら発音するrは、しょせん擬似的なrに過ぎない。発音テクニックとしては、厳密にいうと間違っているのである。
この間違いを正さないと、日本人のrの発音はたぶん永遠によくならない。
では、どうするか。
ヒントはthの発音にある。thとl(エル)の発音に相似性があったことを思い起こしてほしい。もしかしてthとrの発音にも、同じように相似性があるのではないだろうか。だとすれば、そこが突破口となるはずだ。
th発音のポイントは前にも述べたとおり、主に舌の両脇に息を流すよう意識して、ステレオ感覚で音を作ることにある(もちろんこのとき、舌に余計な力が入らないようリラックスしておくことも大切だ)。
実はrの発音も要領はthと同じで、ポイントは舌の両脇にある。
舌の左右と口蓋の間にできる空間をうまく使ってステレオで発音することで、同じ基本フォームからthやlやrが作れるのだ。このとき舌は、息を左右に分ける一種のセパレーターとしての役目を果たす。したがって、舌の両脇の使い方が何より重要になってくる。
従来いわれてきたrの発音フォームといちばん大きく違うのは、舌先を手前に巻き込む必要がない、という点だ。やりたければ多少巻き込んでも構わないが、それは必要条件ではないのである。
その代わりに、舌の両脇、とくに舌の中ほどからやや奥にかけての左右両端を、口蓋に近づけてから離す、という動作を意識しながら、rayと発音してみよう。
この舌の形は、海を泳ぐエイ(ray)にどこか似ていないだろうか。左右のヒレを上の口蓋に近づけては離す動きは、羽ばたくように泳ぐマンタの仕草を連想させる。その際に、息が左右に分かれて押し出され、英語らしいrの音がステレオで響くのだ。横方向の波動である。
これに対し、今まで教わってきたrの出し方は、カメレオンが巻いた舌を伸ばして虫を捕まえるときのように、中央正面を撃ち抜くような動作だった。もっぱら前方向の波動しか意識されていなかったのだ。当然、モードもステレオではなくモノラルである。
この違いさえわかれば、もうrの発音は恐くない。ただし、発声がのど声にならないようにくれぐれも注意。常に発声ポジションを高く保ち、下あごやのどには決して力を入れないことが肝心だ(詳細はこのブログを最初から読んでみてほしい)。うまくこの発声とかみあえば、rの音の海を自由自在に回遊できるようになる。
このrの発音を練習することで、すでに見てきたthやlの発音もより響きが豊かになってくるはずだ。舌の両脇の使い方が以前より上達してくるにつれて、より微妙なニュアンスの差を出せるようになるからだ。
舌の両サイドを使う、という共通ポイントをしっかりと意識することで、これまでもっぱら舌の中央から前へ押し出すことしか教えられてこなかった子音の発音が(rだけでなくthやlその他もそうだ)、劇的に変化するはずである。このテクニックを皆が共有するようになれば、遠からず日本人の英語発音には革命が起きる、と予言しておきたい。
参考までに、they, lay, rayの発音例を挙げておこう。例によって最初はカナ縛り発声+従来教えられてきた発音テクニックによるもの、次がハイポジション発声+新しい発音テクニックによるものである。
音声サンプル