再び子音の話に戻ろう。thやl、rなどの発音のコツとして、舌を魚にたとえたのはご記憶のことと思う(細長いヒラメ、ウナギ、エイなど)。
これらの発音の完成度をさらに高める上で、僕的にはかなり役立っているコツがもう1つある。
どうするかというと、舌を魚にたとえたイメージはそのまま生かしながら、魚のしっぽの部分を頭に置き換えてしまうのである。あるいは、魚の体の後ろ半分をちょんぎって、そこに前半分のクローンを継ぎ足すようなイメージだ。つまり、舌はしっぽがなくて前にも後ろにも頭がある魚、と想像してみるのだ。
僕たち日本人の常識では、舌は常に前向きだし、息も常に前に出すのが当たり前だ。それ以外の息の出し方は、たぶん考えたこともない人がほとんどではないだろうか。
そこが最大の盲点なのだ。
僕たちは小さい頃から、息はのどの奥から口の真ん中を通って前へ吐き出すものだ、と信じ切ってきた。だから声を出すときの息の通り道といえば、野球の応援に使うプラスチックのメガホンみたいな形を思い浮かべる人がほとんどではないだろうか。
これはカナ縛り発声のアーキタイプ(元型)と言ってもよいほどパワフルなイメージで、容易には突き崩せないものである。
この単純なメガホンのイメージが頭に残っている限り、声を出そうとすると必ず息のルートが前だけを向いてしまい、そのまま音量を上げようとすればのどに力が入らざるを得なくなる。
その弊害が最も顕著に表れるのが、英語の子音を発音するときだ。
日本人が英語の子音を発音しようとするときは、必ずといっていいほど口先の部分に意識が集まってしまう。すでにthやrでも説明したが、僕たちは子音をつい口先から出す息に乗せようとしてしまいがちなのだ。これはほとんど本能的といってもよい。
日本人は子音が弱い、などという指導者も多いようだが、そういわれて僕たちがいくら口先に息を集めて圧力を高めてみても、どうも聞こえてくる音の質がほんものとは違うのである。(これは日本人の合唱練習などでもよく見かけるパターンで、「もっと子音を強く」と言われると、誰もが判で押したように口先部分の息圧を強めて発音するのだが、これでは決して納得のいくサウンドは得られない。)
ほんものに近いサウンドを出すにはどうしたらよいか、いろいろ試行錯誤を繰り返した結果、僕はあるかなり有望な仮説に到達した。英語では(そしてたぶんその兄弟分のヨーロッパ言語の多くも)、声の出口として口だけではなく鼻腔も使っていて、鼻はエコーを付ける役目を果たしている、という考え方である。
日本語は口をプラスチックのメガホンのように使う、というイメージを上で述べたが、これに対し、英語はメガホンを2本使うイメージだ、と提唱したい。1本は口のほうに向かい、もう1本はいったん口の奥に戻った後で上に曲がりながらUターンし、鼻腔を通って前に向かう。最後は上下平行に鼻と口からサウンドが出てくるイメージである。
多くの日本人は、通常ほとんどこの「鼻メガホン」を使わない。だが英語では、鼻メガホンがたいへん重要な役割を果たしている。これをいかにうまく使いこなすかによって、英語らしいサウンドが出るか否かがほぼ決まるのである。
人間は、どの国の人でも同じだが、リラックスして軽く口を開けたまま息をすると、自然に口と鼻の両方から息が出入りするようにできている。なので、この人間本来の息の出し方に準ずるならば、自然と声も鼻と口の両方から出るはずなのだ。しかし日本人は言語の文化的背景から、口を通る声の成分ばかりを偏重し、鼻を通る成分は最小限に抑えてきた経緯がある。だからのど声が好まれる一方、英語の発音は苦手な人が圧倒的に多い。
なので、鼻メガホンを使うことには最初かなり抵抗のある人が多いに違いない。それを徐々に取り除いていくのがとりあえずの目標だ。
そのとっかかりとしては、子音から入るのがいちばんいいと思う。
先にも述べたが、日本人は子音を口先で作りたがる。シーッとかシュッとか、強く言おうとしてみればわかる。しかし、実はこのとき鼻メガホンは最初から完全に閉じられた状態なのだ。
これに対し、英語では驚いたことに強い子音を発音するときでも、鼻メガホンを閉じないのである。子音が強ければ強いほど、鼻メガホンを経由して出てくる成分も強くなるのだ。僕たち日本人の耳には口先だけで強く子音を発音しているように聞こえるかもしれないが、実は英語では鼻メガホンも口メガホンとほぼ同じ強さで鳴らしていると思ってよい。鼻メガホンの役割はエコーを加えることだが、エコーと基音とを完全にシンクロさせることで、音がより豊かに増幅されて聞こえるのである。
肝心なのは、口と鼻のメガホンから出る音を完全に同期させることにある。このバランスがとれていないと、鼻声に聞こえたり口先だけの声に聞こえたりする。
では、どうすれば口と鼻のメガホンを簡単に同期させられるだろうか?
そこで活躍するのが、冒頭に述べた前にも後ろにも頭のある魚のイメージである。舌の中央から前と後ろが、鏡で映したようにまったく同じになっている、と想像してもよい。
舌の上の息の流れもまったく同様で、舌先から前に息を出す際には、同時に舌の後ろ側で口の奥に向かって同じ量だけ息を送るように意識するとよい。舌の中心から、前後にそれぞれまったく同じ量だけ息を送るイメージである。どちらが前でどちらが後ろかわからないくらいにすることがポイントだ。こうすることで、口と鼻のメガホンを通る息のバランスが保たれる。そして、口と鼻から出る音がぴったりシンクロして響き合うのである。
子音を発音するときに、僕たちはつい舌の先端の動きばかりを意識してしまうが、そのとき同時に舌の後ろ側もまったく同じように動かすことを意識すれば、前後のバランスがとれるのである。
sを例にとってみよう。ssss-と子音だけ伸ばしてみる。日本語で「スー」とイメージすると、たいてい口からしか子音が出ず、舌の先端あたりだけで摩擦音が鳴る感じになってしまう。これではまずいので、次に舌の後ろでも同時にsを作るように試みてほしい。舌の先端と後ろで同時に逆方向にsを発音するような感じだ。
後ろ向きのsは、口の奥から上に向かって鼻の奥に入り、Uターンして鼻から出てくるイメージである。これを意識するだけで、もうあなたの息は自然な響きを獲得し始めている。今までのように息を前に出すことばかりを考えるのではなく、半分を後ろに送ってから鼻へ向かわせるよう意識することで、のどの力みがとれ、弛緩したいい状態になるのだ。
ついでに f も試してみよう。日本人は、下唇を噛んで上前歯とのすき間から強く前へ出す音が f だと思っているが、このセオリーに縛られているといつまでたってもハイクオリティーの f は得られない。上に述べたように、鼻メガホンの入り口のほう(後ろ向き)にも同じく強めに息を送るようにすることが肝心なのだ。
なぜかというと、こうした子音は母音を導入する役割を担うので、母音が響きやすいようにコンディションを整えることが求められるからだ。口先だけで子音をいくら強く発音しても、その後に続く母音はのど声にしかならない。しっかり鼻メガホンにも子音を響かせておくことによって、次の母音にも豊かな響きが確保されるのだ。
これとまったく同じ要領に従えば、v もすぐにうまく発音できるようになる。口先だけで強く摩擦音を出そうとするのではなく、口の奥のほうでもミラーイメージのように v の音を送るように意識してみよう。奥に向かった影の子音は、鼻メガホンを通って最後に口からの子音と合流し、互いに強め合う。そして続く母音もより豊かな響きを得ることになる。
音声サンプル sound – fine – very
この口と鼻の二重唱を絶えず保つことが、従来の日本語にはなかった英語的な響きを紡ぎ出すヒケツといってもよい。