前回述べたように、従来の日本語はのどから口へストレートに声を出そうとする傾向が強い。その結果、使うのは口メガホンだけで、鼻メガホンはほとんど休眠状態となっている。
たとえば窓ガラスを拭くときに、こびりついた汚れにハーッと息を吹きかけて曇らせる場合を考えてみてほしい。このハーッという息は、のどからストレートに出てくるもので、日本語の「ハ」の出し方とほぼ同じだ。
ところが、英語でHa!とかHuh?とかHi!とかいう場合には、出し方がこの「ハ」とは明らかに違う。もっと高いポジションの吹き口から、鼻と口の両方のメガホンに同時に息を通すように発音するのだ。
そこまでは前回説明したとおりだ。しかし、この違いをもっと日本人に体感しやすい形で説明する方法はないだろうか。
そこで、こんなことを考えてみた。ガラス拭きで「ハーッ」と息を吹きかけるとき、のどから上がってきた息は前向きに方向転換する。これはごく普通にやっていることなので、僕らは普段この方向転換を意識してはいないが、このとき息は、のどから出たところで上方向から前方向へと向きを変えているのだ。「ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ」はどれも同じで、僕たちは息を前にはっきり方向転換させてから、口の前のガラスに吹きかけるように発音しているのである。
では、窓ガラスが口の前ではなく、口腔の天井(口蓋)にあるとイメージしたらどうだろうか。この想像上の天窓ガラスに、ハーッと息を吹きかけてみよう。息を前に方向転換していては、天窓には当たらなくなってしまう。だから肺から上がってきたそのままの方向で、口蓋の奥を覆う天窓ガラスを曇らせるように、上向きにハーッと息をかけるのである。できれば息がやや上後方に弓なりに反るぐらいでちょうどいい。前方向のガラスを曇らせるのと要領は同じだが、息の方向を変える必要がない分だけ、無駄な力はいらなくなる。そして、口の前方向へはあまり息が出て行かない。息の一部は鼻を通って出て行く。
これをもっと短時間でやると、従来の日本語の「ハ」とはちょっと違った、鼻メガホン系の「ハ」になる。天を突くハなので、これをもじって点付きのハ、すなわち「ハ’」と表記しておこう。
同じように、口蓋の奥に設けた天窓のガラスを息で曇らせるような要領で、ハ’、ヒ’、フ’、ヘ’、ホ’と発音してみよう。頭のてっぺんの天窓ガラスに向かってはっきり「ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ」と言うようなイメージだ。無理に息を前に向けようとせず、ひたすら天に向かって息を送るのである。このイメージを使うと、普通のハヒフヘホとの違いがわりと簡単に実感できるのではないだろうか?
このとき何が起こったかというと、息の方向が前から上にシフトした結果、メガホンの吹き口がのどから口蓋付近にまで上昇したのである。「ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ」は息がのどから前に出て口メガホンだけを使っていたのに対し、「ハ’、ヒ’、フ’、ヘ’、ホ’」では、高い位置に上った息が口腔や鼻腔のカーブに沿って自然に方向転換し、一部は鼻メガホンに、一部は口メガホンに向かうのだ。
日本語では息を前向きにして口から出そうとする傾向が強く、「はっきり発音する=息を前に向ける」という図式が、小さい頃から僕たちの頭に擦り込まれている(これこそ「カナ縛り」である)。しかも、それをあまり自分では意識していない。だから鼻メガホンを多用する英語や西洋の声楽などに接すると戸惑ってしまい、違いがよく分からないまま日本語流ののど声で通す結果になる。ところが実は、天窓方向を意識しさえすれば日本語のカナ縛りは解け、まったく違った鼻メガホン系の響きが得られるのだ。
どうせなら日本語の五十音の発音の向きを徹底的に天窓化してみるとよいかもしれない。従来の日本語の発音は単に1つのやり方に過ぎないことが分かれば、もっといろんな可能性に目を向けることができるはずだ。そうすれば日本語の音声表現の幅も広がるだろうし、高位置の吹き口から鼻・口両メガホンに息を通す、という英語の発音・発声の基本形にも無理なくたどり着けるだろう。