丸一年のブランクを経ての投稿だが、その間にもひそかにいろいろなアイデアを試し続けてきたので、昨年は結構実りある年になったと思う。基本となるアイデアは以前とほぼ変わらないが、ディテールを検証し、発声のステップについてより実践的にポイントをまとめたので、紹介しておこう。
まず、静かに鼻で息をする。口は閉じたままにするが、いつでも開けられるようリラックスさせておく。
そのままで、鼻腔(つまり鼻の空間)の、一番奥はどの辺かを意識してみよう。
意識の中で鼻の穴をずっとさかのぼると、鼻腔がかなり狭まっていき、上咽頭(口腔と鼻腔をつなぐ空間。ハナみち)との境界に達する。鼻腔が前から虹のアーチのように鼻の奥へ伸び、後ろからは上咽頭が逆向きにアーチ状のラインを描いて、頂点付近でつながるようなイメージだ。つながる位置は、両目の中間付近、鼻筋のいちばん上あたりで、深さは顔より2センチほど後ろだろうか。その付近で息の通路が最も狭まるはずなので、そこを意識的に探ろう。
次に、静かに息を吐きながら、この通路をさらに狭めることにチャレンジしよう。このとき、鼻をかむような感じでやると(つまり鼻腔を狭めようとすると)うまくいかない。鼻腔側は力まず開放しておき、むしろ広げるくらいの気持ちでちょうどよい。そして逆に上咽頭の側から、アーチの先端に向かうに連れて通路を狭めるよう意識してみる。
うまくいくと何が起きるかというと、ほんのかすかに「フン」というような声がでる。この声はのどから出ているようには聞こえず、鼻の奥から出ているように感じるはずだ。このとき、のどには一切の圧力も振動も感じられない。鼻の奥が自然に鳴ったような感触だ。
決して声を出そうと力んではいけない。上咽頭の側からおだやかに息の道を狭めながら息を出し続ける。するとあるところでホっ(あるいはフンっ)と声が鳴る。フクロウのホーという鳴き声を、ずっと弱く短くしたような感じの、わりと高い声だ。裏声のように聞こえるかもしれない。これが出せるまで、続けてトライしてみよう。繰り返すが、のどや鼻は開放し、力を入れないこと。
この声が出たら、第一段階は成功だ。おめでとう!
今鳴った場所が、ほんとうの声帯なのだ。なぜかのどではなく鼻の奥で声が出ているように感じるのが不思議だが、たぶんこれは僕たちの脳の錯覚だろう。(以前から述べているとおり、僕はこれは反回神経のせいだとにらんでいる。)
声帯は実際にはのどにあるのだが、今出した声は鼻腔の一番奥から生まれるように感じる。僕はこの場所を「鼻腔弁」と呼んでいる。第二の声帯といってもいいし、声帯の虚像といってもいい。名前はともかく、そこにあるはずのない場所に声帯があるような、何とも不思議な心地になるので、その感覚をつかむことが大切だ。それこそが未知の発声ワールドへの第一歩なのだから。
僕はこの1年間、鼻腔弁の正確な位置を絞り込むことに精力を費やしてきた。そして試行錯誤の末に到達したのが、鼻の奥、という答えだ。この箇所をうまく意識的に操ると、普通の日本語の声では不可能だった精緻な声帯のコントロールが可能になる。意識の上では鼻の奥の神経に働きかけているのだが、実は声帯を動かす神経を刺激しているのである。たとえていうなら、声帯を動かすツボが鼻の奥にあるようなものだ。
ようするに、声帯の物理的な位置と神経感覚上の位置には、ずれがあるのだ。このずれを意識的に修正してやれば、声帯はうまく操れるようになる。逆に、「声帯がのどにある」という意識が残っている限り、ずれは修正されないので、声帯の自由なコントロールが妨げられてしまうのである。声楽では「のどで声を出そうとしてはいけない」と口を酸っぱくして言われるが、その理由も実はここにあるのだ。
さて、鼻の一番奥を操作する、といっても、そう簡単には感覚がつかめないかもしれない。こればっかりは、各自で試行錯誤して体感しながら会得するしかないのだ。ふだん使ったことのない神経や筋肉を働かせようというのだから、いきなりパーフェクトにはできっこない。しかし、すでにどの位置にどう意識をフォーカスすればよいかは明示したので、これまでと違って試行錯誤の時間と手間はかなり省けるはずだ。ぜひともトライしてみてほしい。
声の高さは、普段の話し声よりもやや高めぐらいで練習したほうがよいだろう。低い声だと、最初はよほど気を付けないとのど声になりやすい。高めの音程で感触をつかめるようになったら、徐々に低い声へ移行していくとよい。実際にやってみれば、低い声を鼻の奥で出すのがいかに難しいかが実感できるはずだ。
鼻の奥から出る声は、ふだん僕たち日本人がのどを使って出している声とはずいぶん性格が違う。なので、これに適当な名前を付けてやる必要がある。幸い、声楽の世界で使われている「頭声(とうせい)」という言葉があるので、これを使うことにしよう。日本人のデフォルトの声は「のど声」だが、それとのコントラストをはっきりさせる意味では「頭声」がふさわしいだろう。実際、声が頭の中から出るような感触があるのでぴったりだと思う。(声楽でいう頭声と僕のいう頭声のニュアンスの違いについては、以前述べたので繰り返さない。)
先ほど産声を上げたあなたの頭声を、大事に育ててほしい。それにはどうするか。頭声を出すための手順を繰り返し確かめ、各自で工夫を加えながら自分のものにすることだ。発声は最初の瞬間でほぼすべてが決まってしまう。だから、最初にのどで声を出してしまうと、即アウトである。はじめのうちは、よほど気を付けていても本能的にのど声のフォームに戻りやすい。迷ったら初心に帰り、辛抱強く基本をものにしていくことが肝心だ。さっき出したような頭声の芽をいつでも作れるようにし、これを少しずつ長く、しっかりと出せるように練習を積んでいくとよい。
頭声というのは実にパワフルなポテンシャルを持っていて、使いこなせるようになれば、いろんな意味で「のど声」をはるかに凌駕する。英語や歌に使えば説得力が格段に増すし、日本語にも簡単に応用がきく。初めて頭声を出してそのパワーを実感すると、自分の体にはこんな使い方も潜んでいたのか、と驚くはずだ。
頭声への入り口は多少ハードルが高いが、いったんコツさえつかんでしまえばあとは案外簡単かもしれない。このハードルを乗り越える上でいちばん難しいのは、「自分の声は変えられる」、「もっとよくなる」、という確信を持てるかどうかだろう。そのお役に立ちたいと考えて考案したのが、このブログで紹介している国井メソッドだ。これは、頭声をマスターし使いこなすための手順と、これを支えるアイデアの総称である。
今後はこの頭声を出発点として、これを補完する「声帯もどき封じ」や、英語の母音、子音などに新たな考察を加えていきたい。進化し続けるこのメソッドを通じて、より多くの日本人の声を別次元へと導くこと――それが新年の抱負かな。