なぜ日本人はしゃべったり歌ったりする時に「のど声」になってしまうのか?
僕はこのブログ上でこのテーマを徹底的に追及してきた。のど声とは何なのか、どんな状態をのど声というのか、声帯はそのときどうなっているのか…。その答は、これまでに書いた記事でおおむねカバーできたと自負している。
そして次に僕が取り組もうとしている課題は、のど声を脱却する方法を明快に示すことだ。
それには、問題点をできるだけシンプルに絞りこむ必要がある。
そもそも何が問題点なのか…なぜ「のど声」になってしまうのか。
そして見つけた答は、「声帯のすぐ上に膜がせり出してきて、声の伸びをさえぎってしまうから」というものだった。
前回の記事の冒頭にあげたYouTubeの声帯動画を見てほしい。のど声の人は、声帯が隠れるくらいに膜を張り出した状態で声を出しているのだ。(この膜は正式には「披裂喉頭蓋ひだ」と呼ばれるもので、僕はこれを「声帯もどき」と呼んだりもしているが、今回はあえてビデオ画像から連想した「遮蔽膜」という言い方にしてみた。そのほうがピンとくる気がするので。)
でも、なぜ僕たちはわざわざ自然な声を遮蔽するようなことをやってしまうのだろうか。
それは、日本語の母音を発音するときの脳からの指令に、遮蔽膜を出動させるコマンドが混じっているからだ。日本語の母音には、遮蔽膜の出動命令がバンドル化されているのである。
だから、普通の日本人が日本語をしゃべろうとすると、否が応でものど声になってしまう。僕たちは無意識のうちに、声帯に遮蔽膜を被せた形でしゃべっているのだ。
なぜ僕たちはそんな遮蔽膜をのさばらせておくのか。これは想像の域を出ないが、誤って異物が気管に入らないようにプロテクトしている可能性はある。本来は喉頭蓋という器官がその役割を果たしているので、わざわざ遮蔽膜を出動させる必要はないはずなのだが、まあ念には念を入れて、ということかもしれない。(日本人が麺類をズズーッと上手にすすれるのは、もしかしたらこの二重のプロテクトのおかげかも?)
それはさておき、この遮蔽膜を引っ込めておく簡単な方法はないのだろうか? もしそれが見つかれば、のど声の弊害はすぐにも解消するはずだ。
まず第一歩は、遮蔽膜の存在を認識することだ。それには、声帯の上に遮蔽膜がせり出してくる動画を見て現実を知るのが手っ取り早いだろう。(前回の記事冒頭を参照)
そして次は、遮蔽膜なんかに出しゃばってもらいたくないな、という意識を持つことである。遮蔽膜が声の伸びをさえぎるせいで、自分本来の美声が損なわれている、と思うことだ。
次のステップは、遮蔽膜をコントロールしようと意識することだ。遮蔽膜だって体の一部なのだから、その動きを任意に制御できないはずはない。ただやっかいなのは、遮蔽膜が目に見えない場所にある、という点だ。なので、どこをどう制御したらよいか分かりづらく、ちゃんと制御できているかどうかの確認も難しい。たぶんこのステップが最大の難所だろう。
僕自身もここでかなり足踏みし続けた。
僕が目指したのは、まずピンポイントで遮蔽膜をコントロールできる場所を突き止めることだ。遮蔽膜はのどにあるが、のどのどこかをコントロールしても無駄だろう、というのは直観で分かっていた。過去の経験を通じて、声帯をコントロールするためにはのどではなく、鼻の奥、両目の間ぐらいの位置に声帯があるかのように意識するほうがうまくいくことを掴んでいたからだ。そこで、遮蔽膜をコントロールできる場所もたぶんのどではなく、やはり声帯のコントロールセンター(鼻腔弁)付近にあるだろう、と見当をつけた。
さらに、声帯近辺の器官のうち、半回神経に支配されているものはすべて鼻腔弁付近でコントロールできる、という仮説を立てた。そして、声帯や周辺器官がそっくり鼻の奥付近に移転したかのような状態(しかも前方に90度傾いた状態)を思い描き、この声帯モデルの中で遮蔽膜がどの辺に来るかを考えてみた。
声帯に相当する鼻腔弁の位置が鼻の奥、両目の間ぐらいだとすると、遮蔽膜はその数ミリ前に位置する垂直面に沿って張り出す感じになる。(遮蔽膜は左右2枚に分かれた幕のようになっている。脇に収納した状態では完全に畳み込まれて半アーチ状になっているが、出動時には左右から膜が引っ張りだされて中央で合流し、1枚の膜になる。)膜がせり出すと先端が鼻の中心ぐらいまで進出するが、収納したときはちょうど左右の目頭ぐらいの位置にまで引っ込む、と考えた。
とすれば、遮蔽膜を引っ込めておくには鼻の付け根あたりの内部空間を思い切り広げたままにするよう意識すればいいはずだ。
鼻の付け根、ちょうどメガネの鼻パッドが当たる付近の、骨の内側を意識してみよう。この内部空間を、できるだけ広げるように鼻の筋肉を操作してみる。鼻を挟んでいるメガネの鼻パッドが外側に押し返されるような力を想像して生み出してやるのだ。
ブリーズライトといういびき防止テープがあるのをご存知だろうか(写真)。鼻先に近い骨のない場所に貼って、鼻孔を外側から拡張するものだ。息の通りが良くなって鼻呼吸がしやすくなり、いびきをかきにくくなるらしい。
目指すのは、このブリーズライトをもっと上の鼻骨のあたりにずらして貼ったような感覚、といえば分かりやすいだろうか。(あくまで想像上の話。実際のブリーズライトは、骨のないところに貼らないと内部空間を拡げる効果は生まれない。)あるいは、メガネの鼻パッドをブリーズライトで代用したような感じ、といってもよい。鼻の付け根を内側から押し開くかのように意識することで、遮蔽幕は完全に引っ込んだままになり、声の通り道がひと回り大きく拡張されるのだ。
で、実際にやってみた。結果は…大正解!
鼻の付け根を押し広げるようにすると、声が解き放たれたように伸びやかになるのだ。音量も段違いに増す。メガネの鼻パッドに反発して押し返すようなこの力を、いつでも自在に操れるようにしておけば、もう怖いものなしだ。
ちょっとやり方を紹介しておこう。
まず、自然に鼻で息をしながら、鼻の付け根付近が開いた状態と狭く閉じた状態を交互に作ってみる。どの筋肉をどう使えば鼻の付け根が広がってくれるか、じっくり自分で探ってみることだ。ここで納得のいくまで時間をかけるのが大事なポイントになる。開く、狭める、を体操のように繰り返し自分のペースで練習するとよい。メガネの鼻パッドを念力で鼻の中へ押し込んだり鼻から引き離したりするような感じかな。
次に、鼻の付け根を押し開いた状態で、あ、い、う、え、お、の形でそっと息を出してみよう。まだ声は出さないでおく。息は鼻と口のどちらから出ているかよく分からないぐらいに感じられるはずだ。以前ここで紹介した「吐息あくび」がまさにこれだが、今回はどこをどうコントロールするとこれが実現するかをより明確にした点が進歩といえるだろう。
さらに比較のため、今度は鼻の付け根を狭く閉じて、あいうえおの息をそっと出してみよう。息は主に口から出てくる。のどから直接息が口に出ているようにも感じるに違いない。口を通る息の摩擦も感じられるはずだ。これこそがのど声の息なのである。僕たちにとっては何の違和感もない息だ。日本語ではこの息が標準だということには疑問の余地がない。
再び鼻の付け根を開いて、あいうえおの息を出してみる。デフォルトの日本語母音とは大きく異なる鼻と口の開き方が実感できるはずだ。それでも、あいうえおだとはっきり認識できる範囲内である。開閉を何度か交互にやってみて、違いを体に覚えこませよう。
今やったのは、鼻の奥を広げることでのどを開かせたのである。つまり、のどの開きを鼻の奥で調節したわけだ。鼻に息を通して鼻声を出そうとしているわけではなく、声の大元を鼻でコントロールしようと試みているのだ。僕がかねてから主張しているとおり、声帯のコントロールセンターはのどではなく鼻の奥にあるからである。
最後に、これに声をプラスする。鼻の付け根を開いてあいうえお、と声を出すのだが、ひとつ注意点がある。のどで声を出そうとしないことだ。むしろ、鼻の付け根のわずか数ミリ後方に声帯(鼻腔弁)があると意識して、鼻の奥で発声するとよい(やり方は前々回ぐらいの記事を参照)。のどで発声しようとすると、鼻の付け根が連動して閉じてしまうので、うまくいかない。鼻腔弁の閉鎖と鼻の付け根空間の開放をセットで行うのがコツだ(これについては次回以降にもう少し補足しようと思っている)。
納得の行くまで練習し、鼻の付け根を狭めた普通のあいうえおと繰り返し対比してみよう。
やってみてどうだろう、違いが実感できただろうか?
日本語の母音は、デフォルトでは鼻の付け根を遮蔽するように発音するので、ここを開きっぱなしにするのは何かしっくりこない。特に最初はそうだ。でも慣れてくれば、ここを開いたほうが声がストレートに出るので日本語がかえって明瞭に聞こえ、メリットが大きいのである。もちろん英語に応用すれば効果は絶大だし、歌にもすぐ応用できる。自分の声の世界が一気に広がるはずだ。
声帯とその周辺器官をコントロールするのはのどではなく、鼻の奥だ、という僕の主張は突拍子もないように思えるかもしれないが、少なくとも実効性は高いと思うので、皆さんも一度試してみる価値はあると思う。意外とすんなり発声や発音の悩みが解消するかもしれない。
なお、このブログで公開しているメソッドは僕が苦心してたどりついた知的財産なので、無断借用はしないでほしい。個人で発音改善などに利用される分には大いに歓迎するが、人に紹介していただく際には必ず、国井のアイデアだと言及するようようお願いしたい。(以前僕が別のブログで音読について綴ったことを本に盗用した人がいて、遺憾に思ったのでひと言。)